脱税スキャンダルで映画界に激震-中国のソフトパワー戦略に影響も
Lucas Shaw、Jinshan Hong-
映画界の大物は計17億ドルを追徴課税分などとして収めた
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業界全体が不当な汚名を着せられているとして反論の動きも
中国で最も稼いでいた映画スター、范冰冰氏は昨年7月、地球上から急に姿を消したようだった。ちょうどその時、映画界を標的に当局が税務調査に着手していた。ファンと映画関係者は最悪の事態を恐れた。だが范氏は10月、失踪時と同じように突然現れ、ファンに謝罪。1億ドル(約110億円)を超える追徴課税・罰金の支払いに応じることに合意した。
37歳の有名女優が公の場で屈辱にまみれ、それまで順風だった中国映画界に激震が走った。映画スターや関連会社が調査を受けているとの新たな報道が毎週続き、当局が「自己検査と自己矯正」を求めた映画界の大物は計17億ドルを追徴課税分などとして収めた。波紋は広がり、テレビや映画業界ではキャンセルが相次ぎ、清算に追い込まれた会社もある。
「動向をこと細かく見張られている映画スターや監督がおり、人々は神経をとがらせている」と話すのは英皇電影(香港)の元幹部アルバート・リー氏だ。業界全体が不当な汚名を着せられているとして、わずかながら反論の動きもある。中国映画監督協会は昨年12月に公表した書簡で、法に従っている映画人に対し、ほんの一握りの人間の罪を償うよう政府が強いていると訴え、「最大級の怒り」をあらわにした。
不祥事に巻き込まれた大半の映画人は雲隠れし、何人もの大物俳優が范氏の二の舞になりたくないとして仕事を回避。スキャンダルを嫌気し、銀行が映画界と距離を置き始め、資金も枯渇している。
中国は米国のハリウッドと競い合おうとエンターテインメント産業に力を入れるが、映画界の危機がそうした取り組みの弱点を露呈させている。政府はソフトパワーの道具として国内映画界を捉えており、国民の考え方に影響を与え、外部からの影響を抑えようと図る。かつてさかんにプロパガンダ(宣伝工作)映画を上映し、欧米のあらゆる映画を禁止していた中国だが、最近では大規模な補助金と国有銀行からの融資で映画を製作し、映画館を開設、新しいテーマパークを建設するといったより洗練され野心的なアプローチを採用している。
2008-18年に中国の製作映画本数はほぼ倍増し、約1000本に達した。映画スクリーン数も4000から4万を超える水準に急増。国内のテレビ業界も、アリババ・グループ・ホールディングやテンセント・ホールディングス(騰訊)、百度(バイドゥ)といったテクノロジー企業からの巨額投資で急成長した。
中国のテレビドラマ「還珠姫~プリンセスのつくりかた~」で有名になった范冰冰氏。17年だけで4400万ドルを稼ぎ、ハリウッドの大作「アイアンマン3」と「X-MEN:フューチャー&パスト」にも出演した。
范氏摘発のきっかけは、同氏が交わした映画契約の写しだとする文書をテレビのニュースキャスターがリークしたことだった。契約は二重構造でこの映画での稼ぎは2つに分けられ、米誌ハリウッド・リポーターによれば、160万ドル分については納税するが、780万ドルは税を支払わずに受け取るというもの。疑惑を当初否定していた范氏はその後認めたが、業界の内情をよく知る人々は、こうしたいわゆる「陰陽」契約は広く利用されていると言う。
国内経済が減速する中で、一連の取り締まりは映画界の業績にも影響を及ぼしている。中国の映画興行収入は先月、1月としては15年以来の低水準となり、映画製作本数も昨年9月から減り始めた。
原題:A $1.7 Billion Tax Crackdown Is Paralyzing China’s Film Industry(抜粋)